「幽体離脱感」がわかるかどうか、案外大事らしい

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こないだ、ある有能なビジネスパーソンと、プレゼンについて話をしていた。10人くらいの人にプロジェクトマネジメントについて話をするんで、どうしたらいいかアドバイス欲しいと。

で、「やっぱりね、大事なのは、その『場』の存在や広さや空気や質感とか、そういうところを客観的に感じ取って、その『場』に合った自分を演じる、ということが必要だよね」と話したところ、

「どうすればそれができるんですかね」と問われたので

「うん、それはさ、自分で考えながら、その『考えている自分』を客観的に眺めることがまず大事だよな。」と話したら、

急に相手が「出た!」と言って悲しそうな顔をするわけ。

なんだー?と思って聞いてみたら、彼はこう言った。

「いや、僕がアドバイスをいただきたい、と思う方は全員、そうおっしゃるんです。
『幽体離脱した感じでさー』
とか言って。それ、仰っていることはわかるのですが、自分でやろうとしてもよくわからないんで。とにかく、皆さんおっしゃるんで『また出た!』と思いまして。でもきっと、そんなことできる人って少ないと思いますよ」と。

本田圭佑選手が「ここにいるリトル本田がこう言っている」と記者会見で言っているのを聞いたことがあるし、リクシルの八木副社長が、「リトル八木を意識している」という話をされた、と人づてに聞いたことがある。これ、いわゆる「幽体離脱感」ね。

確かに言われてみれば、僕も常に言っている。

プレゼンの時、、、「幽体離脱して場を客観的に捉えよ!」。
トラブルの時、、、「幽体離脱して落ち着いて客観的に物事を捉えよ!」
自分を見つめる時、、、「幽体離脱して客観的に動いている自分を観察せよ!」
というように。。

しかしそうだね、僕はこれ、あまり苦にすることなく割と常にやっている、というか、一人でいる時以外は常に自分を客観的に見ているところがあるので、当たり前のように話していたが、人によっては、何をどうすればいいのか、分からないかもしれない。

でも大事なんだよな。リーダーシップを発揮できる人になるためには、不可欠なスキルであると思う。なにせ、「考え、行動している自分」を「客観的に観察し、コントロールする自分」がいて初めて、自分をコントロールできるわけで。

それによって、感情を刺激することがあっても、イライラせずに落ち着いて行動できたり、ピンチの時に焦らず選択肢を考え行動することができたり、大人数の前で、説得力をもって人を動かすプレゼンができたりするわけだ。

「幽体離脱感」をもって考え、行動しているからこそ、高いハードルを越えられるし、いやな決断もくだすことができるんだ。自分の中ではね。

「これは素の俺が判断しているのではない、横にいるリトル伊藤がやれと言っているからやっているだけだ」的にね。

ひとつ例を話すと、僕は東日本大震災の際、会社の物流、ビジネス復旧のリーダーをやったんだが、日々、何を考えていたか、といえば、「僕がケースの主人公だとしたら、この局面をどう乗り越えるんだろう?」と考え、自分をビジネスケースの主人公になぞらえ、

「ケースの登場人物である伊藤は、この状況で『あー辛い、聞きたくないそんなこと!』とか周囲には言わないよな」とか、「ケースの主人公はここで状況を冷静に分析するよな」とかいちいち考え、その通り行動していた。

なんでかって、そうしないと、辛すぎるから。客観的に、他人ならどうするだろ、架空の人物の「ケースの主人公であるイケてる俺はこうするだろ」とかって考えれば、つらくないのだ。

もうひとつある。苦境に陥った時、よく「これは、『私の履歴書』の23回目くらいに出てきて、結構読者がドキドキするような局面だな」という感じで考える。そうすっと、「今、ここ」の自分が悩むのではなくて、「私の履歴書」に出てくるイケてるビジネスパーソンが、振り返ってみるとこんな教訓があった、という「擬似振り返り」込みで現状を捉えることができるわけだ。

この「架空の物語思考法」は、客観的に自分を捉えるうえですごく役にたつ。なんせ、その物語の先には、、、、将来どうなる、という結果も架空の物語ベースでは見えてるわけで。それに向かって動いていけばいい。

なんでこういう風に考えられるようになったか、というと、これはガキの頃から。
僕は現実社会をちゃんと生ききれない、弱い少年だった。だから、いつも空想の世界に逃げてたんだ。

「今俺が、ローリングストーンズのミックジャガーだったら」とかいって、頭の中でライブin Japanでどこの都市を回るか、とか、セットリストどうするか、とか、そこでファンに会ったらどういう風に接するか、とか、もっとディテールまでいって、どうアンコールから再度出て行くタイミングをキースと話すか、とか、ロニーが俺の服にコーラをこぼして、あんまり真面目に謝らずにヘラヘラしてるのを、どう対処すべきか、とか、まあ、ありとあらゆる架空の世界の妄想ね。これをずーっと。ずーっと考えてた。

で、いつからか、現実の自分も少しは強くなって、その妄想が少しづつ少しづつ、現実の世界と近づいてきて。今では架空の世界を妄想することはあまりなくなり、現実の世界において、「この現実の伊藤羊一は、とある物語においてどう行動するか?」と考えるようになった、というわけだ。一言でいえば、妄想癖が昔からあったということ。

だから妄想癖があれば、客観的に自分を捉えることは比較的容易だ。その妄想を、自分に近づけていく、という物理的な作業だから。だけど、そうでなくても、何かやり方はあるはずなんだ。それが、マインドフルネスとか瞑想、ということでできるのかもしれない。

この「幽体離脱感」は、リーダーシップ醸成にすごく重要な要素だよな、という確信がある。だから、今後、これをテーマにして、どうすれば皆が「幽体離脱感」を持てるようになれるか、研究していこうと思う。

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